議論噛み合わない″保毛尾田保毛男騒動″…抗議団体の主張する問題点とは
9月28日に放送されたフジテレビ系バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした30周年記念SP』に登場したキャラクター「保毛尾田保毛男」(ほもおだほもお、以下「キャラクター」)が、大きな物議を醸した。ネット上では賛否両論が巻き起こり、10月16日に番組公式サイトで謝罪文が掲載されたが、番組の終了報道も相まって騒動は収まっていない。



マイナビニュース会員1,993人に本件についてアンケートを取ったところ、同様に賛否が分かれているが、双方の意見を見ると「差別だった」「表現の自由を奪う」と、どうも噛み合っていない印象だ。そこで、フジテレビに抗議文を提出した団体の1つである「LGBT法連合会」共同代表の1人である藤井ひろみ氏、事務局長の神谷悠一氏、事務局長代理の増原裕子氏に、アンケートの意見を元に、あらためて同キャラクターが登場することの何が問題だったのかを聞いた――。



○放送翌日昼には抗議文を提出



LGBT法連合会の正式名称は「性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会」で、政策提言や法案の策定などを行っている団体。抗議文は放送翌日の昼頃に提出され、土日を挟んでその3日後には、早くもフジテレビとの意見交換会が行われている。



同キャラクターが登場することは、マイナビニュースなどで放送前日に情報が配信され、当日昼頃には連合会の関係者間で話題になっていたそう。放送翌日になると、「すごい早さ」(同氏)で全国から対応を求める声が殺到。早急に決裁をとり、抗議文の提出に至ったそうだ。



では、あのキャラクターの何が問題だったのか。アンケートでは「直接LGBT(※)の人を傷つけているようには感じられなかった」(44歳男性)という意見もあった。



(※)…レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の頭文字を取った性的少数者の総称。



これに対して、神谷氏は「(LGBTの)当事者でない人が、あえて笑われるように演じるということを、テレビというメディアでやることに、すごく問題がある」と説明。「また、あれが『すごい楽しかったね』みたいな話になってしまうと、翌日に学校でものまねをしたり、クラスの中で中性的だったり、弱そうに見える子を対象に『ちょっとやってみろよ』と強要することにもなってしまう。そのことは、社会の流れとか、当事者が願っていろいろ進めている方向とは逆行しているんじゃないかというのが基本的な認識でした」と話す。



○演じ手に"当事者性"がなかった



アンケートでは、「ゲイの人をいじるってことで問題になってるのなら、他のブスとかハゲの人はいじられていいのかということになるし、いろんな人がいるのは当たり前なんだから、そういうキャラがいてもいいし、反応もいろいろでいいのかなと思う」(39歳女性)という意見もあった。



これに対して、神谷氏は「『ブス』とか『ハゲ』と言われることもハラスメントになると思うんですが、この問題は、ある日突然そのことが明らかになることで、社会関係の影響の範囲が広い。解雇や自死につながる場合もある。そんな状況の違いが大きいと思う」と解説。



それに加え、藤井氏は「ビートたけしさんの『火薬田ドン』というキャラクターがあるじゃないですか。あの格好をされてる時って、たけしさん的な何かをリプリゼント(代弁)してる感じが伝わってきて、自ら責任を背負ってる感じがあるんですけど、あのキャラクターは、演じ手の『自分じゃない』をすごく全面に出してらっしゃるように感じたんですよね。『ブス』も『ハゲ』も、"当事者性"を持ってる人が自分で背負って『どうだ、笑ってみろ!』っていう気迫を感じて、見る側も笑ってるところがあるんじゃないかな」と違和感について語る。



さらに、藤井氏は「あのコントの構図は、自分じゃないものを笑わせようとしてるから、テレビの前の人たちに対して、"自分たちとは違う人"をいじめたり、からかうようにさせるアジテーション(扇動)みたいなものに見ちゃうんです。その変な感じが…。当時、あのキャラクターで本当にいじめられた経験のある人たちが、今回は立ち上がったという構造と言えるんじゃないか」と分析した。



アンケートに寄せられた「あれを見て同性愛者の方が傷つくなら、テレビに出演する実際に同性愛者である人は、自虐的に自分(たち)のことを面白おかしく言って笑いを誘うべきではないと思う」(41歳男性)という意見にも、同様に"当事者性"という問題が大きいと指摘している。



●あのキャラクターがカミングアウトすれば…



○表現規制とは別の話



また、同キャラクターを「問題視するほうが、かえって差別だと思う」(32歳女性)という意見もあった。テレビの質的調査を行なっているデータニュース社「テレビウォッチャー」(調査対象=2,400人)による番組への感想を見ると、ほとんどの視聴者が今回の騒動に言及していなかったことからも、多くの人が抗議によって問題を意識した経緯が伺える。



これに対しても、藤井氏は「抗議しようがしまいが、差別はすでにそこにある」と反論。「抗議をしてなくても、心の中では怒ってるし、すごく傷ついていたんです。抗議文を出すことで、『テレビを潰す気か』とか言う人もいると思いますが、そんなことを望んでなんかいない。ただ、何が問題なのかを感じた人が、声を上げる意味があったと思っています」と言い、増原氏も「そこは波風であっても立てていかないと、同じことが繰り返されるだけになると思います」と同調した。



この騒動を受け、あるお笑い芸人が「(バラエティ番組で)もう女装もできない時代が来るのではないか」と懸念を示すなど、笑いの表現が狭まることを危惧する声も聞かれたが、藤井氏は「あの番組でも、女装した『ノリ子』というキャラクターが登場しましたが、女装をしてバカにしている対象は、男らしさなんです。つまりは、演じ手にとって"自分"のことでもある。先ほども言いましたが、"当事者性"がないと、いじめが成り立つ余地が大きくなってしまうと思うんです」と話し、表現規制とは別の話だと説明した。



○「ゲイ差別の象徴的な存在」という認識の有無



こうして、さまざまな疑問をぶつけてみたが、この取材を通し、本件で賛否の意見が噛み合わない理由が、1つの認識の違いによるものであることが明らかになった。それは、あのキャラクターが、当事者にとって「ゲイ差別の象徴的な存在」と長年認識されていたことだ。最初に登場した30年前は、LGBT差別というものが"言語化"されておらず、その後も大きな抗議はなかったが、2010年代になって発達したインターネット(SNS)というツールが、これまで見えなかった声を顕在化させた結果、ここまで大きな騒動に発展したと言える。



増原氏は「ネガティブな影響を受けたものとして、よく研修や講演で『子供のときに、あのキャラクターがいて、すごく嫌だったんです』という話をして引き合いに出すほど、大きなキャラクターなんです。なので『今、なんで?』という激震が走ったのです」と説明。今回の騒動を見て、藤井氏は「シンボル的な存在という認識がない人とのギャップは、すごく大きんだなぁとあらためて気付かされた」と印象を語る。



アンケートでは、同キャラクターに「問題があった」と回答した人でさえ、「ネーミングを変えたほうが良いと思った」(39歳女性)という程度の問題に捉える意見があったほど。それゆえ、「こういう前提を共有してる人としてない人で、角度の違う意見がいっぱい出るのは当然なので、ネットで賛否両論出るのは当たり前だと思います」(増原氏)と冷静だ。



そうした存在だからこそ、登場すること自体が忌み嫌われているが、「どうせ出てくるなら、キャラクターがゲイであるとカミングアウトして、周りの出演者が『そんなの当たり前の時代じゃん』ってコントを進行するくらいのことをやってほしかった(笑)」(藤井氏)という"荒療治"を期待する声もあったそうだ。



○フジテレビとは「信頼関係を感じられた」



増原氏は「私自身もお笑いは大好き。だから、LGBTに限らず、みんなが安心して笑いたいのに、差別を思い出して傷をえぐられるような思いをさせられるお笑いが、とても残念なんです」と強調。アンケートでも「TVが面白くなくなるという話をする向きがあるが、他人を不快にしないと表現できなかったり面白くできないのならもうなくて良い」(44歳男性)といった意見が寄せられていた。



フジテレビとの意見交換会に出席している藤井氏は、同局の対応について「評価しています。我々の連合会には、企業向けの研修を行う組織も入っているので、そういうところで協力できることがあればという話もしています。だから、信頼関係を感じられた」と説明。



こうして"炎上"した企業が、その経験を踏まえ、「LGBTの問題にすごく先進的になるというのは、過去にも多く見てきています」(神谷氏)と言い、現在もフジと対話を継続している中で、まさに"雨降って地固まる"という方向へ進んでいる手応えを語っている。



この記事では、タイトル、グラフおよび最初の一文で「保毛尾田保毛男」という名称を便宜上使用していますが、当事者では言葉にするのも不快で「H・H問題」などと通称されているため、その後の文中では「キャラクター」と表記しております。
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