こんにちは。著述・翻訳家の上野陽子です。現地時間2月5日に毎年恒例の米スーパーボウルのハーフタイムショーが開催され、歌手のレディ・ガガが登場しました。ケイティ・ペリーやブルーノ・マーズも「圧巻」と賞讃ツイートをし、ぽっちゃり体型に対する意見を除けば、「史上最高のパフォーマンス」との声が聞かれました。ガガがパフォーマンスに込めたメッセージの内容とその背景をひも解いてみましょう。
●華やかなパフォーマンスに秘められたメッセージ
2月5日、米プロフットボールNFL(ナショナル・フットボールリーグ)の王者を決める第51回米国スーパーボウルのハーフタイムショー。夜空に青色と赤色に輝く無数のドローンが飛び交う中、レディ・ガガは、シルバーのキラキラ光るグリッターの衣装で、スタジアムの屋根の上に登場。
そして、ガガが掲げた「インクルージョン(inclusion=寛容・包括性)」が込められた歌で、“史上最高のパフォーマンス”との声も聞かれたショーは幕を開けました――。
●ちょっとおさらい
「スーパーボウル」って?
プロアメリカンフットボールリーグであるNFL(ナショナル・フットボールリーグ)の優勝決定戦。アメリカでは「事実上の休日」とまで言われ、毎年テレビでは高視聴率をあげる試合。そのハーフタイムショーは、プリンス、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ビヨンセ、最近ではケイティ・ペリー、ブルーノ・マーズなどがパフォーマンスを行ってきた。
ガガが冒頭で熱唱した内容は?
まず「God Bless America」(アメリカに神の祝福を)と「This land is your land」(この国はあなたの国)2曲の主要部分を熱唱。
1曲目はロシアからアメリカに移り住んだアーヴィング・バーリンがアメリカを讃えた歌、そして2曲目は大恐慌の時代に貧しい経験をしたウディ・ガスリーが作ったプロテスト(抗議)ソング。移民たちが作りあげたアメリカの精神を歌ったものでした。
●ちょっとおさらい
「アーヴィング・バーリン」って?
帝政ロシア(現ベラルーシ)生まれのアメリカの作詞家・作曲家(1888年縲?1989年)。「ホワイト・クリスマス」の作詩作曲家でもある。5歳でアメリカ移住後、父親が他界し、新聞売りなどで生計をたてた。正式な音楽教育を受けず、楽譜も読めないままに膨大な数のポピュラーソングを生み出し、ジョージ・ガーシュウィンもその才能を認めたとされる。
「ウディ・ガスリー」って?
アメリカのフォーク歌手・作詞家・作曲家(1912年縲?1967年)。14歳のときに家族が離散し、大恐慌の時代に放浪生活を送る。放浪のなかで、貧困や差別などに翻弄される労働者らの感情を歌にして演奏した。ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランに多大な影響を与えたとされる。
ここには、今回のメキシコとの「国境の壁」や「移民の受け入れ一時停止」ほかトランプの差別的な発言に対する、反旗的な意味合いが込められていたのでしょう。
その2曲の熱唱の後に続くのが、大いに話題になった「忠誠の誓い」です。これは誰の目にもトランプへのメッセージだと分かるもの。ところがトランプはフットボールには触れながら、パフォーマンスにはいつもの噛みつくようなツイートを出しませんでした。
それはなぜでしょう? そして「忠誠の誓い」とは?
●トランプ大統領をだまらせた「忠誠の誓い」とは
いつもは噛みつくようなツイートをするトランプ大統領が、レディ・ガガのパフォーマンスに対してツイートしなかった理由の一つは、「忠誠の誓い」が持つ意味にあります。
この「忠誠の誓い」は、アメリカ人なら誰もが習い、公式な行事や式典、学校の朝礼などで国旗に顔を向けて、右手を左胸の上に置いて暗唱するもの。アメリカの基本精神といえ、トランプも唱えてきたはずの言葉です。
「神の下にいる一つの国家、自由と正義の名において、
すべての人を分け隔てることはできない」
One Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all
この言葉がここで意味するのは、「今のアメリカの“分断”した状況はあってはならない」というもの。トランプに対して真っ向からアメリカの精神を突き付けたのは誰の目にも明らかながら、トランプをぐっと「だまらせ」、なおかつ「反論させない」言葉でもありました。
そして、ガガはさらに自分の歌を使ってメッセージを伝えていきます。
異質なものを排除しない「インクルージョン」
ガガは、「ジャストダンス」「ポーカーフェイス」「テレフォン」「バッドロマンス」などのヒット曲をメドレーで披露。そして、2011年の発売当時にも物議を醸した「ボーン・ディス・ウェイ」で、次の部分を選んで熱唱します。
ゲイでも ストレートでも バイセクシュアルだろうと
No matter gay, straight, or bi
レズビアンだって トランスジェンダーであっても
Lesbian, transgendered life
私は正しい道を歩いてる
I was born to survive
私は生き抜くために生まれた
I’m on the right track baby
黒人も白人もベージュの人も
No matter black, white or beige
混血の人も東洋系も
Chola or Orient made
私は正しい道を歩いてる
I’m on the right track baby
勇敢に生きるために生まれたの
I was born to be brave
このハーフタイムショーでは、かつてはビヨンセが人種差別を真っ向から訴えるパフォーマンスをしたこともありました。そのため、今回レディ・ガガの直接的な政治メッセージを期待していた人にとっては、肩透かしと感じた声もあったようです。
それでも、アーティストらしく歌と演出で、異質なものを排除しようとするトランプ大統領政権に対する批判や主張をし、私たちへのメッセージを残しました。直接的な言葉ではないのにはっきりと伝わったことが、高く評価されたわけです。
トランプ大統領就任式翌日のウーマンデモには多くのセレブが登場して世界中に広がっていったものの、結局は煮え切らない雰囲気を残したままに終わりました。それを考えれば、今回のガガのパフォーマンスの意義は大きかったはず。
日本でもグローバル化やダイバーシティ(多様化)などが叫ばれながらも、やはり単一民族の島国色は今でも拭いきれません。それでも、これから5年間、300人規模でシリア難民を受け入れるといった動きも報道され、少しずつ私たちの周りにも変化が起こっています。
対岸の火事としてパフォーマンスを眺めるのではなく、世界で今起きていること、そして自分の周りにも起こりうることとして、ガガのメッセージを受け取りたいもの。社会的な一体性を意味する「インクルージョン(寛容・包括性)」が、今必要なキーワードです。