野村はなぜLGBTの先進企業になったのか
証券界のガリバーと言われ、良くも悪くも日本の企業文化を象徴してきた野村証券。その野村が今、社会的な関心が高まっている性的マイノリティー「LGBT」問題への取り組みで、日本企業らしからぬ積極性を見せ、注目を集めている。野村はなぜLGBTの先進企業になったのか。理由を探ると、組織のダイバーシティー(多様性)の推進で欧米企業に大きく遅れをとる、日本企業の課題が見えてくる。

他社から相談



今年10月、LGBT問題で先進的な取り組みをしている企業や団体を選び、表彰するイベントが東京都内で開かれた。主催したのは、LGBTが働きやすい職場づくりを目指す任意団体「work with Pride(wwP)」。LGBTの観点から企業を評価する試みは、米国など海外ではすでに行われているが、日本では初めてだ。



最も先進的な取り組みをしている「ゴールド」に選ばれたのは53社。うち金融機関は9社が選ばれたが、大半はゴールドマン・サックスやドイツ銀行グループといった外資系企業。そこに日本企業として食い込んだのが、野村証券とみずほフィナンシャルグループの2社だった。野村は、社内での継続的な啓発活動が特にユニークな活動として評価され、啓発活動部門の「ベストプラクティス」も受賞した。



昨年、東京都渋谷区と世田谷区が同性のカップルを夫婦と同等のパートナーとして認める証明書の交付を相次いで決めた際には、野村のダイバーシティー担当者のところに、他社のダイバーシティー担当者から、「社員が証明証を持ってきたらどう対応すればよいかといった相談が相次いだ」(野村証券人材開発部兼人事部エグゼクティブ・ディレクターの東由紀さん)。野村は今や、LGBTに関する取り組みでは日本企業のリーダー格となっているのである。

もう一つのリーマン・ショック



だが、昔からLGBT問題に熱心だったわけではない。転機は2008年。経営破たんした米リーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門を買収したことだった。



買収で、1000人を超える優秀な人材を一気に獲得した野村だったが、それは同時に、買収した側の野村に、旧来の日本的な人事の仕組みや企業文化の根本的な変革を迫った。外国人や女性など、異なる価値観を持つ有能な人材を生かす仕組みや土壌を早急に築かなければ、宝の持ち腐れどころか、野村自体が、大き過ぎる獲物を丸飲みした蛇のように窒息しかねない。何よりも、グローバル市場で勝負していくためには、組織全体をグローバル・スタンダードに変える必要があった。野村にとっては、まさに、もう一つの「リーマン・ショック」だった。

野村はLGBTの祭典「東京レインボープライド」にも毎年参加している



こうして、リーマンから、事業だけでなく組織のDNAを受け継いだ野村。その中にLGBT施策があった。リーマンのLGBT施策は、欧米基準では当たり前の内容だったが、当時の日本では時代の最先端を行っていた。例えば、社員ネットワークを作って啓発活動に取り組んでいたほか、2006年にはLGBTの学生向けに就職説明会を開催。wwPがまとめたリポートには、「日本でいち早くLGBT包摂の施策を行った企業は、今はなきリーマン・ブラザーズ証券」と、はっきりと書かれている。



リーマンのLGBT施策を受け継いだ野村は、会社の倫理規程の中に、「性的指向」や「性同一性」を理由とした差別やハラスメントを禁止する文言を追加。継続的に社員向け研修を実施するなど、きめ細かな施策も実施している。



施策の中でも「中心的な存在」(東さん)が、リーマンから引き継いだ社員ネットワークだ。社員がボランティアで様々な活動にかかわることを通じ、LGBT社員が働きやすい職場環境作りを進めるのが目的。10人前後のコア社員が2週間に一度、昼食時などに集まってイベントの企画を練り、1か月半から2か月に一度のペースで啓発イベントを開催。役員もイベントの司会をするなど活動に深くかかわっている。「社員の草の根の活動がLGBT施策を推進する原動力になっている」と東さんは強調する。



野村と言えば、2014年、グループ内の野村信託銀行の社長に、銀行界では初めて女性が就任したことでも話題となった。これもリーマンのDNAを受け継いだ効果だ。

ライフネット生命の例



LGBT先進企業は、大企業だけではない。社員約140人、営業開始して10年にも満たないライフネット生命保険は、wwPのイベントで野村と同じくゴールド企業に選ばれ、さらに、LGBT児童向けの書籍を公立図書館に寄贈する取り組みが、全体のベストプラクティスも受賞。授賞式では、社長の岩瀬大輔さんが、受賞企業を代表してスピーチした。



ライフネットのLGBT問題への取り組みは、社員向けだけではない。生保業界では昨年来、同性のパートナーを保険金の受取人に認める動きが広がっているが、先陣を切ったのがライフネットだ。

wwPの授賞式でスピーチするライフネット生命の岩瀬大輔社長



同社がLGBT問題で先行するのは、トップの影響が大きい。「LGBT問題は昔から関心があった」と話す岩瀬さんは、ライフネットを起業する前は外資系企業で働いていた。そこにはLGBTの社員もいて、LGBTが会話の中に自然に出てくることは珍しくなかったという。その後、米ハーバードビジネススクールに留学するが、「クラスにゲイ(同性愛者)の生徒が2人いて、飲み会の時によくパートナーを連れて来ていた」。LGBTは常に身近で自然な存在だった。



今年3月には、英経済誌エコノミストがロンドン、ニューヨーク、香港で同時開催した大規模なLGBTイベントの香港会議に、パネリストとして参加。「ゲイであることを公にしている豪カンタス航空のCEOがスピーチするなど、ビジネスにおけるLGBTの存在感の大きさを実感した。また、参加企業はこの問題をしっかりと経営戦略に組み込んでいるという印象を受けた」と話す。ライフネットがLGBTに力を入れるのも、中長期的に会社の企業価値を高めると判断しているためだ。

競争力の源泉



LGBT問題への取り組みでは、野村やライフネットのように第三者から高い評価を受けている企業もあるが、現状では、そうでない企業の方が圧倒的に多い。その違いは、どこから来るのか。



一つは、経営トップや社員の多くが、ダイバーシティーの重要性や必然性を、頭で理解するだけでなく、日ごろの仕事や生活を通じ肌で感じているかどうかだ。実際、wwPのイベントで高得点を得た日本企業は、野村やソニー、パナソニックといったグローバルに事業展開しているところや、ライフネットや楽天、資生堂など、経営者が外資系出身や海外留学経験者というところが目立つ。



二つ目は、ダイバーシティーに対する考え方の違いだ。野村証券の東さんは、「一般に、法律で決まったことを進めていくのが、日本企業のダイバーシティー施策の基本。これに対し、外資系企業はダイバーシティーこそが競争力の源泉と考える。この違いは大きい」と話す。



実際、日本では、企業の女性活用も、男女雇用機会均等法ができてようやく本格的に進み始めたという歴史がある。LGBT問題に多くの企業が関心を持ち始めたのも、2014年に男女雇用機会均等法の施行規則が改正になり、「職場におけるセクシャルハラスメントには、同性に対するものも含まれる」と明示された後だ。



だが、こうした法律に基づいた対応は、マイノリティー(少数派)の最低限の権利を守る効果はあるものの、マイノリティー社員が存分に働けるような職場環境を作っていこうという動きには、すぐには発展しにくい。



これに対し、欧米企業がLGBTを含む人材のダイバーシティーに積極的なのは、斬新なアイデアやイノベーション、さらには企業の成長は、多様な人材が意見をぶつけ合うことによってもたらされると考えているからだ。こうした発想は、日本でも多くの経営学の専門家が喧伝しているが、実際に取り入れている企業が少ないのが実情だ。



主要先進国の中で、労働生産性の低さが際立つ日本企業。その一因は、人材のダイバーシティーの欠如にあるとも言われている。LGBT問題でどれだけ積極的な取り組みができるかは、日本企業の今後を占う試金石となるだろう。
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