元交際相手の家族3人殺害、「愛」に飢えた被告の苦悩
愛した人は皆、自分から離れていく竏秩B元交際相手の男性2人の実家に放火、その家族計3人を殺害したなどとして、現住建造物等放火や殺人などの罪に問われた男性被告(47)の裁判員裁判。DV、ストーキングから放火殺人まで躊躇(ちゅうちょ)なく犯行を繰り返した残虐性とともに、「愛」に執着した被告の苦悩も浮かび上がった。(時吉達也)
妻と生活する同性愛者の被告が、交際相手の男性と3人で共同生活を送った上、別れ話のトラブルから交際相手の家族を殺害する竏秩Bそんな特異な犯行が山形、東京で繰り返されたことから、この事件は捜査段階から注目を集めた。
起訴状によると、被告は平成22年10月に山形市で、23年11月には東京都江東区で、元交際相手の男性計2人の実家に放火するなどし、その家族計3人を殺害したとされる。東京の事件では妻が共犯として起訴され、懲役18年の実刑判決が確定している。
検察側は冒頭陳述や証拠調べで、両事件では、被告のDVを理由に交際相手側が同居を解消する▽実家に戻った交際相手を複数回にわたり被告が連れ戻す▽同居再開の妨げとなる相手の親を殺害する竏窒ニいう共通の経緯をたどったと説明。さらに、東京事件での犯行状況を、次のように詳述した。
プラスチック製の大きなたらいを逆さにして、その上に被告と妻が腰掛けている。たらいの中では、交際相手の家族の女性が必死に声を上げていた。「熱いっ」「嘘をついてごめんなさい」「許して」。交際相手の居場所を突き止めるため、被告と妻は火の付いた練炭とともに女性をたらいの中に閉じ込めた。
女性の叫びを無視し、被告らは座りながら自宅に残してきた愛犬の話を続ける。「ごはんは大丈夫かなあ」。2時間後、女性は一酸化炭素中毒で息絶えたという。
交際相手の家族殺害にまで発展するトラブルとは、何だったのか。地裁内の別室と法廷を結ぶ「ビデオリンク方式」で証人尋問に応じた東京事件の元交際相手の男性が打ち明けたのは、ありふれたささいな不満だった。
証人「『共同生活に溶け込んでいない』『飼い犬を好きになってもらわないと困る』。そんな内容でした」
取るに足りない内容に見える問題だったが、被告の説教は「長い時は7、8時間続いた」(男性)という。山形事件の交際相手の男性も同様のトラブルから激しい暴力を受けたことをきっかけに警察に相談、同居を解消していた。
被告の気性の激しさを最もよく知っていたのは、14年に被告と結婚した妻だ。2人は男女関係にない友人同士だったが、仕事上の必要性から籍を入れ、同居していたという。証人尋問で、事件に加担した理由について裁判官に問われると、涙ながらに訴えた。
証人「機嫌が悪くなると何をされるか分からない。籍を入れて間もなくのころ、テニスラケットで2畳分のガラスの引き戸をめちゃくちゃに割ったこともありました」
裁判官「物に対してだけでなく、証人が暴力を受けたこともありましたか」
証人「髪の毛を引っ張り床を引きずりまわされたり、木の棒で頭を殴られたり。(東京)事件後は机のご飯を全部ひっくり返したり、天ぷら油を腕にかけられることもありました」
犯行に加わった経緯について問われると、声を震わせて続けた。
証人「人を殺すのはとんでもないこと。でも、逆らえば私が殴り殺されるかもしれない。怖くて、何も言えませんでした…」
一方、弁護側は被告が交際相手に送ったメールの記録などを示し、激高した際に見せる暴力性とは対照的な日常の「素顔」を強調した。
「夢のような時間でした。お母さん大切にしてあげてね」。山形事件では犯行前、いったん仲直りし観光を楽しんだ男性へのメールにそうつづった。「今日は唐揚げ作るから、まっすぐ帰ってきてね」。東京事件の男性との交際では、炊事や洗濯の一切を請け負い、男性に尽くしていたという。
弁護側は、被告の家族、家庭への強い思い入れが、時に「共同生活への配慮が足りない」などと交際相手への過剰な要求につながったと指摘した。証人として出廷した実姉は、被告の子供時代の家庭環境にも言及した。
証人「両親の夫婦仲はあまりよくありませんでした。父は酔っ払って母に手を上げたりしていました。私は怖くて何もできませんでしたが、弟は5歳くらいの時からいつも母をかばっていました。父に聞いた話では、母に手を上げた時、中学生の弟に羽交い締めにされ『もうかなわない』と暴力を止めたと言っていました」
愛する母が平成6年にがんで死亡した際、被告は「僕も一緒に死にたかった」と漏らしたという。
被告の妻も、証人尋問で哀れみの視線を向けた。
証人「愛情不足で、性格がひん曲がってしまったのかな、と感じます。寂しがり屋のはずなのに、愛情表現を知らないまま大人になってしまったのかな。かわいそうな人なんです」
被告はさらに、同性愛者という社会的マイノリティーとして生きることの苦しみを、妻にこう吐露していた。
「ゲイはねちっこい人が多くて好きじゃない。できれば、普通に生まれたかった…」
23日の論告求刑公判で、検察側は「執拗なストーカー行為の末に落ち度のない家族を殺害した。冷酷極まりない犯行」として死刑を求刑。弁護側は「自己中心的で相手に固執する性格は、本人にはどうしようもない生まれ育ちの影響もある」と強調、「更生の余地がまったくないとはいえない」として極刑回避を求めた。判決は6月11日に言い渡される。
逮捕後に自殺を図った被告を、証人出廷した医師は「鬱状態」と診断。10日間に及んだ審理では被告人質問も実施されたが、「わかりません」と繰り返すなど、被告が自分の言葉で事件を振り返る場面はほとんどなかった。
「家族」を追い求め、「家族」を奪い、「家族」を失った被告。公判が、自身の人生を見つめ直す機会にならなかったとすれば、残念でならない。